人名とは?/ レイク
[ 305] 人名 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E5%90%8D
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人名(じんめい)とは、人(ひと)の個人の名前一般を指す概念である。現代日本での人の名前は姓と名からなるため姓名とも呼ばれるが、こうした構成を持たない社会も多い。他に、名前、氏名などともいう。 漢字文化圏において姓と氏、さらには日本における苗字は本来は互いに異なる概念だが、今日では同一視されている。日本でも、明治維新以前は氏(ウヂ:本姓)と苗字に代表される家名は区別されていた。名は名前とも呼ばれる。 人名は、呼ぶ側と呼ばれる側が互いを認識し、指示し、コミュニケーションをとる際に使われる。人は多くの場合、戸籍などに登録されるなどした、公式の名前(本名(ほんみょう))を持つが、それがそのまま用いられる場面は限られており、名前を元にした呼び名、あだ名、敬称との組み合わせなどが用いられることも多い。かつては、真の人名は霊的な人格と不可分のものとし、本名を実際に他者が口にして用いることに強いタブー意識を持つ社会は多かった(諱または忌み名)が、近代になってそういった意識はある程度希薄化した、とも言える[1]。 名前にはその主要な属性として、音と表記がある。例えば日本人の個人名が外国の文字で表記されることがあるが、これは一つの名前の別表記と考えることができる。逆に、漢字名の場合、場合によって読み方が変わることがある。こういった表記、発音の変化に対する呼ばれる側としての許容範囲は様々である。 多くの場合、「所属を示す名前」と「個人を指す名前」の組合わせが用いられる(ここでは便宜上仮にそれを"個人名"と呼ぶことで説明する)。あるいはそのどちらか一種類だけの場合もある。その数や扱いについては様々な習慣・制度が見られる(詳細は後述)。 (注) 日本語の人名では、英語の given name にあたる概念を、他の概念と明確に区別し、かつ肯定的に指し示す名称が成立していない。明治以前の今日より複合的で複雑な人名要素における「いみな(諱)(=忌み名)」などという名称には既に否定的な概念が含まれており(ただしそれ自体を忌避して否定的にとらえているのではなく、霊的人格との一体性という概念ゆえの神聖視により、みだりに用いるのを忌避しているのであるが)、その裏返しとして成立している「字(あざな)」では正式の本名ではないという含意からのズレがあり、どちらも現代的な使用には向かない。また「名(な、めい)」では、フルネームを指す可能性があり、明確な指示が困難になる。明治期に、法令によって人名の近代化を迅速に行った影響が今日も後を引いているとも、今日の日本人の人名構成様式が、まだ非常に浅い歴史しか持たないものだとも言える。そのため「下の名前」または「ファーストネーム」が使われる。以下の説明では「名」(な)という言葉で"個人名"を指している箇所があるので注意されたい。 姓名の構成要素の数、すなわち、ある個人のフルネームがいくつの部分から構成されているかは、文化によって異なっている。アメリカ大陸の先住民族など、個人を指す名前のみを用いる文化もある。サウジアラビアのように、3代前にまで遡って4つの部分からなるフルネームを用いることが当たり前の文化などもある。ブラジルのように一貫していない場合もある(これは、姓を持つ習慣が普及しつつあるが、完全に普及しきっていないためであると考えられる)。 また、親子の間での姓をめぐる取扱いも文化によって異なる。子供が両親のいずれか、あるいは両方の名前を受け継ぐ習慣や制度があるかどうかは文化によって異なっている。受け継がれていくのは姓に代表される血縁集団名、家系名であるとは限らず、姓を持たない文化においては、「純一郎、純也の息子、又次郎の孫」などといった形で名前が受け継がれていくこともある。インドでは逆に「又三郎、又次郎の父」などといった形で、ある子供が生まれた時に与えられる名前に、さらにその子供の名前として使われるべき名が含まれているものもある。 姓名の構成要素の順序についても、民族・文化圏・使われる場面などにより異なることが知られている。[2][3]例えば、ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国では、日常的な文書や会話などでは、名前は名→姓の順をとることが多い。ただし、堅苦しい文書などにおいては、まれに順序が逆転することがある。日本、中国、朝鮮、ハンガリーなどでは名前は姓→名の順をとる。つまり、あえてフルネームで呼んだり記したりする場合には、その順で呼んだり記したりする、ということである。 名前を記す際などに、その一部を省略することも多く行われる。英語圏ではミドルネーム(middle name)はイニシャルだけが記されることが多くある。スペイン語圏では、複数部分からなる姓の一部が省略されることがある。 基本的には、人名は通常、慣習や法などによって決まっている部分(姓)や生まれた時に両親などによって与えられ、それ以後変わることのない部分(名)のいずれか、またはその組合わせからなることが多く、生涯を通じて変わらない文化も多い。だが、ここにも例外がある。 例えば、婚姻や婚姻の解消に際して、夫婦間の姓の変更が行われる文化がある。婚姻やその解消は親子関係の変更を含むこともあるため、子の名前の変更を伴うこともある。 婚姻以外にも、人生の節目において名前を与えられたり改めたりする場合がある。一部のドイツ人の間では洗礼に伴ってミドルネームが与えられ、以後はファーストネームではなくその洗礼名が頻繁に用いられることになる。 大雑把に分けると、その文化圏で用いられている言語で何らかの意味を考えて付ける文化と、その文化圏で伝統的に用いられている名前から選んで付ける文化に人名選択の傾向が分かれている。 例えば、今日のヨーロッパなどのユダヤ教・キリスト教社会では親の名前の一部を子の名前に付けるとか、尊敬する誰か他の人の、既にある名前を取って付けられることが多い。ユダヤ人の間には、生まれた子に死んだ親戚の名前を付ける風習があった。ユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒は、聖書などの聖典に登場する古代の人物の名前(ポピュラーネーム)を子に付ける者も多い(アブラハム、イブラーヒームなど)。キリスト教社会の洗礼名が特にこの性質を強く持ち、宗派によっても異なるが、聖人あるいは聖書やキリスト教の歴史の中で重要な働きをなした人物の名が選ばれる。 しかし、これらの社会で受け継がれてきた名前も、古代においてそうした人名を考案した社会においては、そこで用いられた言語で何らかの意味を考えて付けられたものだったのである。例えば、旧約聖書に由来する人名はヘブライ語の(例:ヨハネ=ヤハヴェは「恵み深い」)、古代ギリシア人に由来する人名はギリシア語の(例:ピリッポス=「馬を愛する」)、中世初期のゲルマン人指導者に由来する人名はその時代のゲルマン語派の諸言語の(ウィルヘルム=「意思と兜」)意味を持っている。 漢字文化圏の日本では、漢字の意味と訓読した時の意味の両方を考慮して命名することが多い(例:水野勝成(かつなり→勝つ成り・備後福山藩始祖、日向守)が、尊敬する誰かの名前にちなんでその名前を付けることもある。同じ漢字文化圏でも逆に、韓国人の名のように、他人が持っている名を避けるケースもあり、むしろ漢字文化圏全体の伝統はこちらが主流である。特に昔の中国では、皇帝の姓や名前に用いられた字を使った命名をすることは重大なタブーであった(避諱・ひき)。その為、代字が多数作られ(例:清の乾隆帝の名“弘暦”を避けて、弘→宏、暦→歴)異体字が増える原因の一つにもなった。 また、姓に代表される血縁集団名、家系名の由来にも様々なものがあることが知られている。生まれた土地の名、職業、性格や容姿などの特徴などと結び付いている例が多くの文化に見られる。日本では元来は姓と苗字は別のものであり、苗字の多くは地名と結び付いている。例えば田中、山本、小林、中村などであり、これはその家系が所領や名田などとして権利義務を有した土地の名を家名にしたことが多かったためである。英語圏ではMcDonald(ドナルドの息子)やJohnson(ジョンの息子)のように始祖に当たる人物の息子という形の家名や、Smith(鍛冶屋)のようにその職業にちなんだ家名、Longfellow(のっぽ)のように祖先のあだ名にちなんだ家名が目立つ。同じく「子孫」を表すMac(マクドナルド、マッカーサーなど)はスコットランド系、McやO'(オブライエン、オコーナーなど)はアイルランド系に多数見られる姓の接頭語である。 一方、韓国人は子の名を付ける際に、基本的に他の誰も持っていないオリジナルな名を与える(ただし、ある程度の流行はある)。これに対して、ドイツでは「すでに存在する名前」しか受理されない。フランスにおいても、ナポレオン法典の時代には、新生児の名は誕生日ごとに決められた聖人の名前から選ぶこととされていた。 さらに、多くの文化においては、正式な名前とは別に愛称・敬称などがあり、そのパターンは文化ごとに異なっている。そうした呼称は名前を省略したり変形して用いる場合もあり、名前ではなく帰属や当事者間の関係(父と子など)を用いる場合もある。 今日の日本人の名前は、典型的には、苗字が漢字2文字、名が漢字2文字からなる。ただし法的制限などがあるわけではなく、苗字・名とも漢字1文字や3文字のものも多い。研究者の間で確認されている限りでは、苗字は漢字5文字のものが最長である。漢字5文字からなる苗字は、その種類もごく限られている。名においては、女性には平仮名も比較的多く見られる。片仮名は、男性には時代を通じて稀であるが、女性においては戦前には比較的よく使われた。戦後になって使用される例は減ったが、近年では個性的な名前を望む風潮から使われる例が増えている。 苗字・名どちらも比較的独自の語彙があるため、ある人の姓名を聞いて、それが人の姓名だとわかるのが普通である。また、苗字か名かいずれかを聞いた場合、「はやみ」「わかな」「はるな」「よしみ」「あいか」「まさき」「とみお」などのごく稀な例外を除いて、それがどちらであるかを区別することも比較的易しい(これは、例えば英語でRyan Douglas Scottのように姓にも名にも用いられる語がかなり多くの人の人名に使われていることと対照的である)。 しかし、姓名を聞いた時にそれがどのような文字で書かれるかについては必ずしも分からない場合が多い。これは同じ読みのものがたくさん存在するという漢字の特徴にちなむ。また、漢字で書かれた名前から正しい読み方が特定できない場合もある。これは、馴染みの薄い読み方(難読人名)であるために起こることもあるが、単に2つ以上のよく知られた読み方があるために起こる場合もある。日本の漢字は読み方が多いためこのようなことが起こりやすい(例えば、「裕史」という名はひろし、ひろふみ、ゆうし、ゆうじ、などと最低4通りの読みがある/字面通りの読みである必要はないので、実際にそれ以上存在する)。そのため、各種の申込書・入会書・願書・申請書などに名を記す時に振り仮名の記載を求められる場合が多いが、法的にそれを証明する手段が乏しい(名前の読みまで記したものが殆どない)。これは、戸籍が読みではなく字を基準にした制度であるためで、同じ戸籍内の者に「異音同字」の名前をつけることは出来ない(稀に夫婦で同名というケースもあるが、これは問題ない)。ちなみに「異字同音」の名前は可。 苗字の大半は地名に基づいているため、地名に多い田・山・川・村・谷・森・木・林・瀬・沢・岡・崎などの漢字を含むものが名字の多数を占める。 僧侶の名前などは音読みとなる場合が圧倒的に多い。文筆家の号も音読みのことが多く、藤原俊成(としなり・しゅんぜい)や藤原定家(さだいえ・ていか)、藤原家隆(いえたか・かりゅう)のように、本来訓読みでも音読みで読み慣わしている例もある。(→有職読み) 名前を聞いたり見たりした場合に、その名前の主が男性であるか女性であるかを見分けることは比較的易しい場合が多い。一般的には、男性の名には「健」「武」「雄」「剛」「俊」など力強さや雄大さを連想させる文字がよく使われ、「〜介」「〜之」「〜太」と続く名前が多い。生まれた順番に、男性を意味する字である郎・朗を付けて「一郎(太郎)」「二郎(次郎)」「三郎」などとすることは昔に比べ少なくなったが、前の字に漢数字を付して「健一」「浩二」などとすることは現在でも散見される。女性の名には「優」「恵」「理」「愛」など優しさや可愛らしさを連想させる文字がよく使われ、「〜子」「〜美」「〜香」「〜奈」と続く名前が多い。ただし昨今は「〜子」で終わる名前が少なくなってきているとも言われる。また、「桜」「桃」など花の名前もよく使われる。男性に比べ名前が平仮名である割合も多い。 一方で、『ユウキ』『ヒロミ』『ツカサ』『カオル』など、旧来から男女両方に使われる名も少なからずある。最近では『ナギサ』『チヒロ』など旧来は女性名とされてきたものが男性に使用される場合や、『アキラ』のように男性名とされてきたものが女性に使われる場合もある。また、女性的に見える名前が男性に付けられる事もある。例えば蘇我馬子・小野妹子・平国香・正親町三条実愛・一条忠香(明治天皇の岳父)などの歴史上の人物や、吉田照美のように「〜美」を付ける男性もいる。特に「〜美」は男女が非常に判り辛い。これら『子』や『美』が男性に使われる事があるのは、『子』の字が男性の美称でもあることに由来し、『美』の字が「大きな羊」という意味から作られた字であることに由来している。 婚姻により夫と妻が新たな戸籍を作る際には、その姓(苗字のこと。法制度上は、「氏」と称していることに注意)として夫・妻いずれかの結婚前の姓を付けるものとされており、結果として結婚後の両者の姓は統一される。どちらの姓を採るかはその夫妻の決定に委ねられるため、単純に考えれば双方5割前後となるはずだが、旧民法の家制度の下で妻は嫁として夫の「家」に入ってその姓を名乗るもの、という意識が広まった結果、新民法の下でも95%以上の戸籍で夫の姓を採用している。この制度については1990年代半ば頃から見直しの気運が高まっており、「夫婦別姓」問題として議論されている。結婚後も夫婦別姓を採用することの利点として、姓を変える側(通常女性)が一方的に蒙る社会生活における煩雑さや不便が避けられること、結果の平等の視点にたち男女平等の精神に即したものであること、などが指摘されている。反対意見として夫婦の絆を弱めるものだとの意見や、夫婦の間に生まれた子供の苗字をどちらにするかの問題などがある。 現代の日本では、上述したように、正式な名前は姓と名からなる。これは戸籍に登録されており、新生児は出生後14日以内(国外で出生があった時は3ヶ月以内)に登録する(戸籍法第49条)。 名前は親や祖父母などが考えて決める場合が多い。子供の名前を集めた本や姓名判断など占いの類を参考にする場合もあるが、出生当時の社会情勢が子供の名付けに反映されることも多い[4]。 例えば、昭和10年代では戦時体制下を反映して男性の名前に「勝」「勇」などの名が上位に見られるが、戦後昭和21年以降になると「勝」は上位10位から姿を消す。昭和50年代以降は有名スポーツ選手やテレビドラマなどの主人公名が上位に見られるようになる(例えば、荒木大輔が高校野球で大活躍した時期には「大輔」が流行した。松坂大輔もその一人とされる)。女性の名前から「○子」が少なくなるなどの変化が見られる。また、皇室の影響を受ける場合も多く、今上天皇(明仁)が皇太子時代に成婚した際は「美智子」という命名が流行し、続いて皇太子徳仁親王生誕の際には浩宮にちなんで「浩」という漢字を付けることも流行した(浩之・浩子など)。 同じ戸籍内にいる人物と同じ文字の名前を付けることはできないが、同じ読み方の名前を付けることはできる。例えば「昭雄(あきお)」と「昭夫(あきお)」のように同音異字の場合は可能であり、「慶次(よしつぐ)」と「慶次(けいじ)」のように異音同字の場合は不可能である。なぜなら、戸籍に読み方は記載されないからである(翻せば、読みを替えるだけなら改名の必要はないことになる)。なお、「龍」と「竜」のように新字体と旧字体とは同じ字とみなされるため、「龍雄」と「竜雄」のような場合は不可能である。 以前から芸能人や作家は、芸名やペンネームを用いる者が多かったが、近年ではインターネットの普及によってそれ以外の人々が ハンドルを使用することも普通に行われている。 正式な姓名は、人が互いを呼び合う際にはほとんど用いられることはない。あだ名、名、姓や名に「さん」「ちゃん」などを付けたもの、肩書きや続柄に関係したもの、二人称代名詞などが代わりに用いられることが多い。上記のハンドルを実社会で使う例もしばしば見られる。 一般に、呼称をめぐる習慣は非常に複雑であり、簡潔に説明することは困難である。当事者間の年齢や血縁や仕事上の関係、社会的な文脈などによって大きく変化するが、そうした文脈の制約条件だけからは一意的に決まらないことが多く、個人的な習慣や好みなども影響する。さらに、方言などと絡んだ地方差も認められる。また、歴史的には、日本語の一人称の一部は時代の経過とともに二人称として用いられるようになる傾向がある。「手前」(てまえ)はかつて一人称であったが、現在ではそこから転じた「てめえ」が二人称である。「自分」はかつて陸軍における一人称であったが(陸上自衛隊でも使用されている)、関西地方では近代以降に二人称として用いられている。このことから、日本語を学ぶ外国人が最も苦しむのが二人称であり、日本の商習慣も相まって非常に難解とされる。 この項では、いわゆる日本民族としての日本人の姓名の変遷について記述する。沖縄あるいはアイヌは異なる歴史を持っているが、これは別に一項目を立てて述べる。 明治維新以前の日本の成人男性は、とりわけ社会の上層に位置する者は、氏(ウヂ。本姓)と家名(カメイ)の2つの一族名、諱(イミナ)と通称(仮名:ケミョウ)の2つの個人名を持っていた。 例えば、忠臣蔵で知られる大石内蔵助のフルネームは「大石内蔵助藤原良雄」(おおいしくらのすけふじわらのよしたか)」である。家名(名字)が「大石」、通称が律令官名で内蔵寮の次官を意味する「内蔵助」、氏が「藤原」、諱が「良雄」となる。 この4つの組み合わせ方は決まっていた。「大石内蔵助」のように、家名と通称、氏と諱が組み合わされた。家名と諱を組にすることはなかった。 同じように、「織田弾正忠平朝臣信長」(おだだんじょうのちゅうたいらのあそんのぶなが)は、現在は織田信長と呼ばれるが、当時は織田弾正忠あるいは織田弾正忠信長と呼ばれ、朝廷の公文書には平朝臣信長と記された。「織田信長」という呼び方は、呪詛など特殊な場面以外はほとんど用いられなかった。 明治維新以前の日本人男子名の構成要素を漢文表現と比較すると以下のようになる。前者が日本の固有表現、後者が漢文表現である。 ※中国でも同姓族集団の解体と氏の発生が起きたが、これは日本での同姓族集団の解体と家名の発生と並行する現象ではなく、中国での氏の扱いは父系血統を示すため、日本の姓の扱いに近い。ただし、日中両国共、姓概念と氏概念の混同が起きているし、日本では国内の固有概念と中国の漢文概念の混同がしばしば見られ、実際の用例に当たるに際して注意を要する。 古代の律令国家の時代には、庶民も姓(セイ)を持っていたことが、現存する当時の戸籍から明らかとなっている。 この姓(セイ)は、その氏(ウヂ)集団(氏族組織。古代社会の単位の一つ)の一員であることを意味し、今日の苗字と同義の姓(セイ)とは性質が大きく異なる。 支配者層の姓(セイ)である氏(ウヂ)には、氏姓の制により、朝廷とその氏(ウヂ)との関わりを示す姓(カバネ)が付された。例えば、今日藤原鎌足として知られる藤原朝臣鎌足(ふじわらのあそんかまたり)は、藤原が氏(ウヂ)=姓(セイ)、朝臣が姓(カバネ)、鎌足が名である。 平安時代になると、古代から中世への社会変動の中で古代的な氏族組織は衰退し、社会の上層から「家」を単位とする組織化が進行した。古代的な姓(カバネ)は、朝廷との関係についてしか使われなくなった一方で、家名を名乗るようになった。例えば、摂関家の近衛家の人物は、朝廷では藤原という姓(セイ、本姓)を、家名(のちの苗字に相当)としては近衛を名乗った。こうした家名の中で、領主身分を獲得した武士によって用いられ始めたのが、今日の名字である。 在地社会では、古代の豪族が率いる伝統社会が崩壊した後、貴族や大寺社の寄人(よりうど)となることなどを通じて、それに応じた姓(セイ)が与えられるようになり、百姓身分であっても藤原・紀・秦・清原といった古代豪族や朝廷貴族と同じ姓を名乗るようになった。そうして得た姓を同じくする者同士で、律令戸籍の姓(セイ)とは全く別の、実利を重視した氏(ウヂ)集団が形成されていった。例えば、大貴族の○○家から秦という名を与えられた者の集団が、秦一族という具合に。 しかし、鎌倉時代末期頃を境に、百姓身分も安定した婚姻関係を基礎にした継続的な家組織を持つようになり、氏集団への依存度が減少した。この頃から庶民が姓(セイ)を名乗る習慣は消滅していき、代わって、独立的な家名としての名字を名乗ることが一般的になった。 本姓・氏(ウヂ)は、父系の血統を示すため、養子に入っても変えることはできないのが原則であった。しかし、後世になるほどこの原則の適用は緩くなり、他家の名跡を継いだ場合などには、その家の本姓に変わる場合も少なくなかった。例えば長尾景虎は、長尾氏は平氏なので平景虎だが、上杉氏の名跡を継ぎ上杉輝虎(上杉謙信)となった後は、上杉氏の姓は藤原であるため藤原輝虎となった。 女性の場合、本姓は婚姻後も変わらず、家名を女性の名前に冠することは通例ではなかったようである。例えば、北条政子は、当時は「平政子」と称した。 賜姓という姓を授ける習慣もあった。豊臣秀吉の賜姓の例として、羽柴姓では徳川家康が羽柴武藏守大納言、前田利長が羽柴肥前守など、豊臣姓では真田信繁等がある。江戸幕府では、外様大名の宗家へ賜姓が行われ、前田利常の松平筑前守(前田氏は後に松平加賀守となった)、島津家の松平薩摩守、毛利家の松平長門守などがある。なお、これらの大名家は戊辰戦争後に元の姓に復帰した。 江戸時代には、名字は、支配階級である武士や、武士から名乗ることを許された者のみが持つ特権的な身分表徴とされた。公式な場で家名を名乗るのも武士や公家などに限られていた。 しかし、百姓身分や町人身分の者も、村や町の自治的領域内では個々の「家」に属しており、当然のながら家名を有した。こうした百姓や町人の家名は私称の名字と言える。武家政権は、村や町を支配しても、その内部の家単位の組織編制には立ち入らなかったため、個々の百姓や町人を呼ぶ場合は家名を冠せず、百姓何某、町人何某と呼んだ。しかし、武士や公家は名字と、それに付随する姓を持っていたが、名字を私称した百姓や町人は、姓は持たなかった。 町人には、大黒屋光太夫など屋号を名字のように使う例も見られた。 東日本では、百姓も屋号を名乗ることが多かった。八左衛門などといった家長が代々襲名する名乗りを屋号とすることが多く、これをしばしば私称の名字と組にして用いた。 個人名である諱は、公家武家を問わず、通字を用いる習慣が見られる。鎌倉北条氏の「時」、足利氏の「義」、武田氏や織田氏の「信」、後北条氏の「氏」、徳川氏の「家」、伊達氏の「宗」などが有名である。家祖あるいは中興の祖として崇められるような家を飛躍させた祖先にあやかり、同じ諱を称する先祖返りという習慣もあった。これは伊達政宗が有名である。 先祖や創始者の諱を代々称する武家もあった。これは、市川団十郎のような歌舞伎役者や落語家などで名人とされた人の名を襲名する習慣や、上記のような商人の屋号の継承という形で庶民にも広がった。 武家では、主君の諱の一字を拝領をすることが栄誉とされた。与えられた字のことを偏諱(へんき・かたいみな)と言う。北条高時→足利高氏・足利尊氏←後醍醐天皇“尊治”が有名。烏帽子親の一字を受けることも多かった(北条高時は高氏・尊氏の烏帽子親である)。 偏諱には、代々の通字を与える場合と通字ではない方の字を与える場合があった。前者は特に主家に功績のあった者や縁者、後者は与えた人物との個人的な主従関係による例が多い。豊臣秀吉の場合、前者に小早川秀秋、宇喜多秀家、後者に田中吉政、堀尾吉晴、大谷吉継がいる。 偏諱の授与によって、改名を繰り返した例もある。上杉謙信は、元服時の長尾景虎(景は長尾氏の通字)→上杉景虎(関東管領山内上杉氏から姓を授かる)→上杉政虎(上杉憲政の偏諱)→上杉輝虎(足利義輝の偏諱)→上杉謙信(出家による戒名)と目まぐるしい。 諱は、朝廷との関わりが生じるような階層以外は、実生活で使うことが滅多になかったため、周囲の者が諱を知らなかったり、後世に伝わらないことも起こった。「西郷吉之助平隆永」(さいごうきちのすけたいらのたかなが)は、親友の吉井友実が父の諱「隆盛」を彼のものと勘違いして朝廷に奏上してしまったため、新政府の公文書では「平朝臣隆盛」、戸籍令以降は「西郷隆盛」と呼ばれるようになってしまったという逸話が知られる。 在家の者の諱に対し、僧侶や出家した者は戒名を名乗った。禅僧は戒名の上にさらに法号を付けることもあった。一休宗純は、一休が法号、宗純が戒名である。 出家するということは、俗世との縁を絶つということを意味したため、世俗の名字・姓や諱を捨て、仏門の戒律を守る者の名という意味の戒名を漢字二字でつけた。従って、上杉謙信や武田信玄のように、世俗の名字の下に戒名を付けて名乗るのは、本来はおかしなことである。 東アジアではアニミズム的な背景から、避諱(ひき)と言って、実名である諱を他人が呼ぶことを嫌う習慣があった。日本でも同位もしくは目下の者からの呼称として仮名 (通称)(けみょう)と呼ばれる通称が発達した。 男性の場合、こうした通称には、太郎、二郎、三郎などの誕生順(源義光を新羅三郎と呼ぶ等)や、武蔵守、上総介、兵衛、将監などの律令官名がよく用いられた。後者は受領名や自官の習慣と共に武士の間に広がり、百官名(ひゃっかんな)や東百官(あずまひゃっかん)に発展した。 紫式部や清少納言、春日局のように、女性も通称で呼ばれた。枕草子を書いた清少納言は、父清原元輔が少納言であったことから清原の「清」を取って名付けられたと言われており、これらは「女房名」と呼ばれる。 また、政所・御台所といった女性の呼称や、上皇の○○院という呼び名も、直接名を口にするのを避けて居所で呼んだところに由来する通称である。(詳しくは仮名 (通称)の頁を参照。) これとは別に、隠居時や人生の転機などに、名を号と呼ばれる音読みや僧侶風・文化人風のものに改める風習もあった(例:島津忠良→島津日新斎、柳生宗厳→柳生石舟斎、細川藤孝→細川幽斎など。)。 この風習は芸能関係者にも広まり、画家・書家や文人の雅号も広く行われた。狩野永徳、円山応挙等の画号、松尾芭蕉、与謝蕪村のような俳号、上田秋成、太田南畝のような筆名も広く行われた。中には、曲亭馬琴や十返舎一九のように本名と全く異なるものも現れた。これが、現在の芸能人の芸名や俳名、源氏名などの習慣につながっている。 なお、藤原定家(ふじわらのさだいえ)を「ふじわらのていか」と呼ぶなど、過去の文化人の名を音読みすることを有職読み(ゆうそくよみ)というが、これは号や仮名とは別物である。 女性の名前は、庶民が氏を名乗っていた中世前期までは、清原氏を名乗る百姓の女性ならば名前は「清原氏女」(きよはらうじのむすめ)などと記され、婚姻後も出自する氏(清原氏)の構成員として扱われた。しかし、庶民が名字を名乗った中世後期には、庶民の女性も、童名のままながら、「ねね」「やや」「とら」など、より独立した存在として記録に残されるようになった。 その一方、女性は婚姻後は出自の家ではなく婚家の家組織に従属するという習慣も明瞭となってきた。江戸時代には、関白の母を大政所、正妻を北政所、征夷大将軍の正妻を御台所と呼ぶように、女性は婚家の夫・子供の視座から呼称されるようになった。 明治維新によって新政府が近代国家として国民を直接把握する体制となると、新たに戸籍を編纂し、旧来の氏(姓)と家名(苗字)の別、および諱と通称の別を廃して、全ての人が国民としての姓名を公式に名乗るようになった。この際、今まで自由だった改名の習慣が禁止された。明治以降の日本人の戸籍人名は、氏は家名の系譜を、名は諱と通称の双方の系譜を引いている要素が大きい。例えば夏目漱石の戸籍名である夏目金之助は通称系、野口英世は諱系の名である。 史料から見る限り、1392年に帰化したといわれる?人三十六姓及びその子孫である久米村士族を例外として、第一尚氏王統が成立するまでの王名を初めとする人名のほとんどは「琉球語/琉球方言」によると推測される名のみであり、姓ないし氏があったことは確認できない。尚巴志王が三山を統一し明に朝貢すると、国姓として「尚」を賜り、以後の王は中国風の姓名をもつようになった。中国風の姓名は「唐名(からなー)」と呼ばれ、以後士族一般に広がった。 これに対し、第二尚氏王統成立後、士族はその采地(国王より与えられた領地)の地名を位階称号に冠して呼ばれる慣習が一般化し、さらに日本風の「名乗り」(前節の「諱」に相当、ただし全て音読みで読まれる)を持つことが普通になると、「采地名」+「位階称号」+「名乗り」が別の呼称システムとして確立した。これを「大和名(やまとぅなー)」と呼ぶことがある。「采地名」の人名化は日本における「氏」(苗字)の起源と並行するが、日本のように「采地名」が固定化した「氏」になることはなく、采地の変更にともなって変わりうる一時的な呼称にとどまった(王の世子は中城を所領とし、常に「中城王子」と称した。つまり「中城」という「采地名」は王世子のみに与えられる称号であり、継承されない)。また、それまでつけられていた「琉球語/琉球方言」による名は「童名(わらびなー)」とカテゴライズされ、公共領域からは排除されていった。 このようにして、同一人物が「大和名」と「唐名」の双方を持つようになったため、後世、特に近代以降にそれ以前の歴史上の人物を呼ぶ場合、人物によって通用する名前が異なる現象が生じている(主に久米村士族が「唐名」で呼ばれる)。例えば羽地朝秀(唐名:向象賢)は「大和名」が、蔡温(大和名:具志頭文若)は「唐名」の方が通用している。 薩摩藩の琉球侵攻以後、「大和めきたる」風俗の禁止に伴い、多くの地名(したがって「采地名」)の漢字が日本本土に見られないものに置き換えられたため、本土と語源が共通する「采地名」も異なる漢字で書かれるようになった。 琉球処分後、日本の戸籍制度が沖縄にも適用されると、国民皆姓制度の導入と姓名の単一化が迫られた。士族、及び分家として「采地名」をもっていた王族はすべて「大和名」(「采地名」+「名乗り」)を戸籍名としたが、尚泰王のみは「采地名」をもたなかったため、王とその直系の子孫のみは(「采地名」をもっていても)「尚」を姓とし、「唐名」を戸籍名とした。このため、王族出身者でも「大和名」を名乗った分家(伊江家、今帰仁家など)では姓名の形式がより「本土風」であるのに対し、「尚」家の多くの男子は今も原則として漢字一字をもって命名されている。また、全体として王族、士族出身者の名の読みには音読みが根強く残っている。 その後、独特の漢字遣いをする姓を「本土風」の漢字に置き換える改姓を行ったり、逆に同じ漢字を使いながら読みを標準語に近づけるなど、日本本土への同化傾向が見られる。 先島諸島においても、尚真王による征服以前に分立していた領主の名前には、領地名を名に冠したと考えられるもの(石垣島の平久保加那按司)、名だけが伝えられているもの(石垣島のオヤケアカハチ、与那国島のサンアイイソバなど)など、独特のものがある。 世界中、歴史上の諸文化における名前の扱いについて体系的に整理した包括的な研究資料などは現在のところ存在しないと思われる。だが、個別の事例については少なからぬ量の情報が入手可能である。以下ではそのようなさまざまな文化における姓名をめぐる習慣について、特徴的と思われる事例を紹介する。 クンヤは「アブー=某」(某の父)、「ウンム=某」(某の母)という形を取る。ただし、初代正統カリフのアブー=バクルはクンヤで名が知られるために、アブー=バクルの名をイスムに用いる場合もある。歌手のウンム=クルスームも、クンヤによる名前が知られている例である。 イスムは本人の名である。男性にはムハンマド、ウマル、ウスマーン、アリーなどイスラム初期の指導者の名や、イブラヒーム(アブラハム)、ムーサ(モーゼ)、イーサ(イエス)など預言者たちの名のほか、神のもつ99種の別名に奴隷を意味する「アブド」をつけたアブドゥッラー(神の僕)、アブドゥッラフマーン(慈悲深き方の僕)などの名も好まれる。女性にはハディージャ、ファーティマなどムハンマドの家族に由来する名前や、ヤスミーン(ジャスミン)、ズフラ(美)、ヌール(光)など女性らしさ・美しさを表す名前がよくつけられる。 ナサブは「イブン=某」(某の息子)、「ビント=某」(某の娘)という形を取る。また、某(本人の名)・イブン=某・イブン=某・…と本人の名の後にナサブを連結して先祖をたどる表現もできる。イブンはビン、ブンと言うこともあり、イラクなどでは、元イラク大統領サッダーム・フセインのように「ビン」が省略されて、ナサブ(この場合はフセイン)をイスム(この場合はサッダーム)の後ろに直接連結する(イラクの例の詳細は後述)。 ニスバは出身地・所属部族・所属宗派に形容詞形語尾「イー」を付けた形を取る。マグリブ出身ならばマグリビー、アフガニスタン出身ならアフガーニーとなる。 ラカブは本人のもつ尊称である。例えばアイユーブ朝の建設者ユースフ・ブン=アイユーブはサラーフッディーンのラカブを持ち、このラカブが転訛した「サラディン」の名がよく知られている。 以上からわかるように、本来アラブ人には親子代々が継承する姓は厳密には存在しないが、部族民や上流階級などの成員で、祖先がはっきりしている者は、ナサブやニスバやラカブが『家名』のように用いられることもある。日本や欧米の人々には一般に姓と見なされているウサーマ・ビン=ラーディンのビン=ラーディンは、何代前もの先祖某の名を使った「ビン=某」がいわば『家名』のようなものとして用いられた例にあたる。 現在はスンナ派とシーア派、北アフリカ地域とアラビア半島地域とで異なるというように、集団・地域による傾向に大きな差が存在する。 例えばサウジアラビアではパスポートに記載される名前は、「本人の名(イスム)、父の名によるミドルネーム(ナサブ)、祖父の名によるミドルネーム(ナサブ)、『家名』(先祖のナサブ、ニスバ、ラカブなど)」という順に表記される。 また、旧ソ連のアゼルバイジャン・トルクメニスタン・ウズベキスタン・タジキスタン・キルギスタン・カザフスタンやロシアに住むチェチェン人などのイスラム教徒は、長くロシア人の強い影響下にあったために、スラブ語の父称を用いたスラブ式の姓が一般的である。例えば、アリーから創られた姓はアリエフ、ラフマーンから創られた姓はラフモノフと言い、ソビエト連邦解体後もそのまま使われている。 中国人の名前は漢字一字(まれに二字)の漢姓と、一字か二字の名からなり、「父方の姓」「その父系血族の同世代に共通の漢字(輩行字)」「子に特有の漢字」という順に表記される(現在では輩行字に従わない命名もある)。例えば毛沢東には二人の弟がおり、それぞれ毛沢民、毛沢覃という名であったが、この三人に共有されている「沢」が輩行字である。まれに輩行字と特有の漢字は逆になる場合もある。(例えば蒋経国と蒋緯国) 漢字1文字名には輩行字がないことになるが、その場合でも同世代で共通の部首をもつ字のみを名付けることがある。元来姓は父系の血統を示すので原則としては夫婦別姓であるが、女性は結婚に伴って、夫の姓を名乗るようになることがある。夫の姓に続けて自分の姓を書く(従って漢字4文字になる)場合もある。二文字の姓(複姓)もあり、諸葛・上官・欧陽・公孫・司馬などが有名である。 また、歴史を遡れば姓と氏は別のものであった。周代には周王の一族は「姫」、太公望呂尚の子孫である斉公の一族は「姜」、後に始皇帝を出した秦公の一族は「?」といった姓を持ったが、これは漢族形成以前の部族集団の呼称とでもみるべきもので、族長層だけがこれを名乗った。こうした族集団の内部の父系血族集団が「氏」であった。例えば周代の姫姓諸侯である晋公の重臣であり、後に独立諸侯にのし上がった韓氏は姫姓であって周の族長層に出自するが、氏は韓であった。しかし戦国時代になると社会の流動性が高くなり、それによって姓はその根拠となる族集団が形骸化していった。また姓を持たず氏のみを持つ非族長層も社会の表舞台に立つようになっていった。そして漢代になると古代の姓の多くが忘れられ、氏が姓とも呼ばれて両者が混同される形で父系の血縁集団を示す語として用いられるようになったのである。前漢の皇帝を出した劉氏も姓を持たない階層に出自した。 さらに伝統的に下層階級以外の男性は目上の者だけが呼んでよい名(「諱」とも言う)と別に同等者や目下の者が呼ぶ「字(あざな)」という呼び名を持った。現在は字の風習は廃れつつあるようである。 2007年6月12日には、人口の割りに姓が少な過ぎる事態を改善するために複合姓が検討されていると政府系の英字紙チャイナ・デーリーが報道した。現在の中国では、子供は父親か母親かどちらかの姓を選択するようになっているが、複合姓が実現した場合、例えば父の姓が王で母が張の場合、子供の姓は王、張、王張、張王の4通りから選べるようになる。ちなみにまだ合法化されていないが、若者の間では複合姓が既に使われ出しているという。 韓国人・朝鮮人の名前は中国の影響を受けて、典型的には漢字一字(まれに二字)の漢姓と、一字か二字の名からなる。韓国朝鮮の姓は種類が少ない。統一新羅の時代以前は今とまったく違う名前を用いていた。日本書紀や古事記に見られる朝鮮半島系の渡来人の名は中国式の名ではなかったことからもわかる。 例えば、高句麗王朝末期の貴族、泉蓋蘇文は今日の韓国では漢語発音で「チョン・ケ=ソ=ムン」と呼ばれているが、日本書紀の「伊梨柯須弥」という表記から当時の高句麗では「イリ・カスミ」と発音したことが知られている。「イリ」は高句麗語で泉を意味すると言われており、日本語の訓読みに類似した表記方法、「カスミ」を「蓋蘇文」とするのは漢語の発音を用いて高句麗語を表現した、日本の万葉仮名に類似した表記方法と考えられる。 現在の姓名体系は統一新羅の時代に中国式を真似たものである。姓は基本的には漢字一文字であるが、皇甫などの二字姓(複姓)も少数だが存在する。これとは別に、祖先の出身地(本貫)を持ち、同じ姓・同じ本貫(同姓同本)を持つものを同族と見なす。この同族意識はかなり強固なものであり、かつては同姓同本同士の結婚は禁じられていた。ただし、同姓でも本貫が違う場合は問題ない。現在、朝鮮半島内で最も多いのは金海金氏(釜山広域市付近の金海市を本貫とする金氏)である。族譜(??)という先祖からの系図を書いたものがあるが、女性の名は族譜に記載されない。族譜は李氏朝鮮ごろに党争の激しくなったころから作られ始めた。族譜の中で始祖のころの系図は伝説に依拠していたり、古代の偉人に結びつけただけのものが多く、信憑性はあまりない。 名が漢字2文字の場合、同族で同世代の男子が世代間の序列を表すために名に同じ文字を共有する行列字という習慣がある。行列字は陰陽五行説に基づいて決められる。つまり「木・火・土・金・水」の入った字を順番に付けていく。たとえば、ある世代で木の入った字(根、桓)、次の世代は火の入った字(煥、榮)、次の世代は土の入った字(圭、在)……と続く。十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)、十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を使うこともある。ある世代で名前の漢字二文字のうち前の字を行列字にしたら、次の世代は後の字を行列字にする。 現在では姓名はハングル表記であり、名の部分に関しては漢字では表記できない固有語を用いる例もある(日本語のように固有語に漢字を当てる訓読みの慣習を有さない故)。在日韓国・朝鮮人は韓国・朝鮮式の本名のほかに日本式の通名を持っている場合が多い。 モンゴル人は縁起の良い言葉や仏教的な言葉を選んで子供を名付ける。姓にあたるものはないが、氏族(オボク)の名称が姓に近い役割を持ち、中国の内モンゴル自治区では氏族名を姓として中国式に姓名で表記することがある。例えば、チンギス・ハーン家のオボクはボルジギン氏族(孛儿只斤氏)であるため、内モンゴル出身のチンギス・ハーンの子孫はボルジギン・某(孛儿只斤某)と称する。 これに対し、モンゴル国ではロシアの影響で父の名を姓の代わりに使い、本人の名の前に置く。例えば、朝青龍明徳の本名ドルゴルスレン・ダグワドルジは、ダグワドルジが本人の名、ドルゴルスレンが父の名である。 ベトナムは漢字文化圏に属しており、人名も漢字一字(まれに二字)の漢姓と、一字か二字(まれに三字)の名からなる構造は中国と共通している。しかし各字の機能は異なっている。名のうち一字目は「間の名」 (ten ??m, ミドルネーム) と呼ばれ、末字の名と一体化しておらず、また中国の輩行字、朝鮮の行列字のような世代の区別に使われることもない。目上に対しても呼びかけに使われるのは末字の名のみであり、間の名は含まれず、また姓を呼びかけに使うことはめったにない。例えば「ゴ・ディン・ジエム」 (Ngo ?inh Di?m, 呉廷?) は、姓が「ゴ」、間の名が「ディン」、呼びかけの名が「ジエム」である(「ジエム政権」とはいうが「ゴ政権」とはいわない)。姓を呼称に使うのはきわめて例外的な高い敬意を表すときに限る。典型例がホー・チ・ミン (H? Chi Minh, 胡志明) を「ホーおじさん」と呼ぶ場合である。間の名に使われる字は男性で「ヴァン」 (V?n, 文) 女性で「ティ」 (Th?, 氏) などある程度決まっているが、由緒ある家系では支派の名の区別に使われることがある。この場合支派の名は姓 + 間の名で弁別され、世代を超えて継承されるため、時として両者があわせて二字姓(複姓)であるかのように扱われることもある。なお名付けに使われる語は必ずしも漢字名に限らず、庶民の間では固有語による名付けがかなり存在している。また少数民族の名前には上記の説明にあてはまらない固有のシステムをもつものがある。 ベトナムを除いて、伝統的にこの地域では姓はない。しかし、カンボジア、ラオスでも旧宗主国フランスの影響で父の名などを姓として名のうしろに付加するようになった。 ミャンマーには今も家系に共通の姓はなく、必要な時には両親いずれかの名と自分の名が併用される。また、名を付ける際には、その子が生まれた曜日によって頭文字を決める。 この両国でも姓は義務づける法はないが、スマトラ島のバタク人や、マルク諸島(モルッカ諸島)、フロレス島などでは氏族名を姓のように用いる。ジャワ島のジャワ人とスンダ人の多くは名しか持たないが、貴族の家系は姓を持っていて名のうしろにつける。イスラム教徒のマレー人、アチェ人、ジャワ人、スンダ人はアラブ式に父の名による呼び名を持ち、名のうしろにつけて姓のように使う場合もある。 フィリピンのキリスト教社会では、名前は西洋式に「名、ミドルネーム、姓」の3つの部分からなる。その場合、未婚者および男性は母親の旧姓を、結婚して夫の姓となった女性は自分の旧姓をミドルネームとしていることが多い。ミドルネームはイニシャルのみを記す場合と、そのまま書き表す場合がある(例:グロリア・マカパガル・アロヨ)。姓は植民地時代にスペイン人の姓から選んで名乗ったため、スペイン語姓が主流であるが、華人系の姓も多い。名は旧来のスペイン語の名前に加えて、英語その他主にヨーロッパ系の名前が自由につけられている。 キリスト教圏では、姓についての慣習は各国語圏で異なるが、名については聖人・天使に由来する名前が好んで付けられる。例えば、「マイケル」(英語)・「ミシェル」(フランス語)・「ミヒャエル」(ドイツ語)・「ミケーレ」(イタリア語)・「ミゲル」(スペイン語)・「ミハイル」(ロシア語)・「ミカ」(フィンランド語)は、すべて大天使ミカエルに由来する名である。その他、聖書に登場する人物の名が多い。ポール・パウル・パオロ・パブロ・パヴェル(聖パウロ)、ルイス・ルートヴィヒ・ロドヴィコ・ルイージ・ルドヴィクス(聖ルイ)、ジョン・ハンス・ヨハン・ヨハネス・ジャン・ジョヴァンニ・フアン・ジョアン・イヴァン・ヨアニス・ヤン・ショーン(使徒ヨハネ)などなど。 また、古代ローマ人の名を由来とすることも多い(例:ジュリアス←ガイウス・ユリウス・カエサルの「ユリウス」の英語読み)。女性については、花などの名前を付けることも多い(例:ローズ←バラ)。 スラブ系の諸民族では個々の民族によって異なるが「名・ミドルネーム・姓」の3つの部分から成りミドルネームは父親の名前を基にして作るという人名の付け方を持つ民族が多く見られる。ここでは一例としてロシア語名を取り上げる。 ロシア人の名前をフルネームで表記する時は原語での順序は「名・ミドルネーム・姓」となる。但し公式文書等では「姓,名・ミドルネーム」と書かれる。ミドルネームは父称(ふしょう)といい父親の名前を基にして作るので性別を同じくする同父兄弟のミドルネームと姓は必ず同一となる。性別を同じくすると特にことわるのは、ロシア語には文法上の性として男性、中性、女性の三性がありロシア人のミドルネーム・姓は殆ど全ての場合個人の生物学上の性に依って男性形・女性形の異なる語尾を採る。 父称は父親の名前にその語尾の音に応じた適切な語尾を付加して作られる(右表参照)。父称の男性形は男性のミドルネーム・女性形は女性のミドルネームに用いられる。 ロシア語以外での人名の規則や傾向についてはロシア語名と異なる部分も少なくないが、基本概念は同じである。 スペイン語圏では、姓は他の多くの国と同じ様に、基本的に父方から子へと父系相続で伝えられるのが基本となるが、個人の姓名を構成する部分の数は人によって異なる。名が最初に来る点では共通で、それに続く部分は父方の姓と母方の姓の一部または全部からなる。例えば「名、父方の祖父の姓、母方の祖父の姓」と3つの部分からなる名前がある。あるいは「名、父方の祖父の姓、父方の祖母の姓、母方の祖父の姓」「名、父方の祖父の姓、父方の祖母の姓、母方の祖父の姓、母方の祖母の姓」と4つまたは5つの部分からなる姓名を持つ場合もある。また、女性は結婚すると「名、父方の祖父の姓、 de+夫の父方の祖父の姓」で名乗るのが一般的となる。 ポルトガル語圏では、姓名の構成はスペイン語圏によく似ているが、姓名に父方の姓と母方の姓を並称する場合は「名、母方の祖父の姓、父方の祖父の姓」の語順となり、スペイン語圏と反対である。 18世紀ドイツにおいては、洗礼の際にミドルネームが与えられることがあった(必ず与えられたわけではない)。もしミドルネームが与えられた場合には、その人はそのミドルネームで知られることになり、ファーストネームは余り用いられなかった。しばしば教会の記録などでもファーストネームが省略され、ミドルネームとラストネームだけが用いられた。また、ある一家の男の子達が全員ヨハネスというファーストネームを持つ、というようなこともあった。この場合でも、洗礼と共に各人に別々の名前が与えられ、その名前が用いられるようになるため、問題がなかったとされる。また、女性のファミリーネームを記録する際には元の名前の最後にinを付す習慣があった(例えば「Hahn」が「Hahnin」と書かれる)。また、一家で最初に生まれた男の子には父方の祖父の名を、一家で最初に生まれた女の子には母方の祖母の名をつけることがしばしば見られた。「花の咲く土地」を意味すると思われる姓Floryに、他にもFlori、Florea、Florey、Flurry、Flury、Florie、など似た姓が数多くある。これはその姓を持っていた人々が文字を書くことができず、名前を発音することはできても綴ることができなかったため、筆記を行った人によって異なる綴りになったと考えられる。 ラストネームは、日本における姓とほぼ同じもので、父系の家系を通じて受け継がれる。稀に、母のラストネームが父のラストネームとハイフンでつながれて子に受け継がれることなどもある。 ミドルネームはファーストネームと同時に親が名付けるもので、多くの場面でイニシャルだけの省略系が用いられる(ミドルイニシャルと呼ばれる)。稀に、ミドルイニシャルだけを持ち、ミドルネームがない場合もある。ハリー・S・トルーマン大統領はその一例であり、このようにイニシャルだけを与えることはアメリカ南部に見られた風習だとされる。なお、ミドルネームが無い場合もある。 西欧社会では女性は結婚と共にそれまでの姓を夫の姓に換えることが普通であったが、アメリカでは、20世紀中ごろから女性が結婚後も姓を変えない風習がひろまりつつある。また、両者の姓を併記するカップルもいる。 古代ローマの自由人男性の氏名は多くの場合3〜4の部分からなっていた。個人の名前、氏族の名前、家族の名前、および添え名である。例えばガイウス・ユリウス・カエサルは、「ユリウス氏族のカエサル家のガイウス」という名であった。このうち個人名のバリエーションは少なく、20種類ほどに限られていた。そしてクィントゥスは日本語的には「五郎」といった感じで数字由来の名を付けることも多い。また個人名はバリエーションが少ないこともあって略して記されることも少なくない。以下はその対応。 自由人女性には個人名はなく、氏族名の女性形やあだ名で呼ばれていた。例えばクラウディウス氏族の娘はクラウディアと呼ばれ、ユリウス氏族の娘はユリアと呼ばれた。 養子の場合にはもとの姓を家族名の後ろにつけた。例えば、オクタウィアヌスの場合「ガイウス・オクタウィウス・トゥリヌス」がカエサル家に養子となった後は「ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス」となった。 沿え名は国家に功績のある場合などに元老院の決議などにより与えられた。多くアフリカヌス、ゲルマニクスなど勲功を上げた土地の名にちなんで与えられた。また出身地の名称からとられることもあった。こうした添え名は一代限りのものも多かったが世襲を許され、家族名として用いられるものもあった。 アイスランドでは、家系に共通の姓はない。姓名は通常、子供の名と、父の名の語尾に接尾語を加えた名の2つの部分からなる。接尾語は、男の子には息子を意味するソン(son)、女の子には娘を意味するドッティル(dottir)を父の名の後に付すという形をとる。電話帳では、ファーストネームにより検索することになる。 フランスではナポレオン法典によって子供につけられる名前が聖人の名前などに限定されたことがある。Jean-PaulやJean-Lucのような2語からなるファーストネームがフランスで一般化したのは、そのような状況の中で名前に独自性を持たせようとした当時の工夫のためである。フランスでは子供に付けられる名前が少なく(アラン、フィリップなど)、同じ名前の人物が多数いるという状況で、苦情が絶えない。 ギリシャ人は長男に父方の祖父の名をつける、などの習慣がある。また「〜の息子」を意味する「〜プーロス」という姓が用いられることも多い。(例:「ステファノプーロス」=「ステファノスの息子」→ギリシャ系アメリカ人で米TVコメンテーターのジョージ・ステファノポロス等が有名)。また古代ギリシャ人では姓は形跡があったものの、一般化しておらず、このため古代ギリシャの人物は「ハリカルナッソスのヘロドトス」にように地名を冠して呼ばれることが多い。ギリシャ人に姓が普及したのは、有力貴族が成長してきた9世紀の東ローマ帝国時代以降のことである。 犬や猫などのペットには通常、人名と同様の個体固有の名前が与えられる。日本では犬の「ポチ」猫の「タマ」などが比較的典型的な名前として知られている。アメリカでは犬には「Dude」が多い。これらの名前からわかる通り、ペットの名前は人間の名前とは明らかに異なるものである場合も多い。だが、最近「ペットは家族の一員」という考えが広まるにつれ、人間と同様の名前をつけるケースも多くなっている。また、ペットが自分の名前を呼ばれて反応するということは、犬やネコも名前の概念を持っていると見ることも出来る。 また、日本には茶道具、刀剣や船などに人名に類似した固有名をつけてきた伝統があり、今日でも産業用ロボットにも個体固有の名前を与えることがあるが、これは欧米などに見られないものであるとされる。これは日本人の工場労働者がロボットを敵対視しないため、と説明されることが多い。 ^ ただし、現代社会の一般人の日常生活でも、見ず知らずの相手には、名前はとりあえず一切開示せず接触し、相手の素性を知ってから段階的に開示するということは、よく行われる。また、インターネット上のコミュニティなどでは、真の人名は出さず、ハンドルネームなどを示すのが一般的である。様々なことを考慮すると、やはり真の名前をあまりに安易に不特定多数に開示してしまうことはそれなりにリスクが伴う、という判断がある(関連する事象として、名誉毀損やプライバシーなどの項も参照可)。また、多少意味合いが異なることは多いが、芸術家・作家・評論家などで、ペンネーム・アーティスト名などを用いて、真の名前は開示しないことは多々見られる。 ^ 基本的には、その文化の言語においての被修飾句と修飾句の順に沿うことが多い。これは、個人名が個人を表すものであり、姓はそれを修飾している関係にあたる、と解釈することも可能である。 ^ また、名以外に姓が必要になってくる場面に関しては、「名前空間」の概念も参考になる。近しいグループや集団では(名前が重ならないようにあらかじめ注意して名づけることが多いので)、個人名だけを使って呼び合っても名前が衝突(同一名が現れてしまう)することは少ないが、他集団と接触した時や別の場所に移動した時に名前の衝突が起き、個人名・固体名以外の名称(姓など)を使用する必要性が高まる。 |
[ 306] 人名辞典 [無料]
[引用サイト] http://dir.kotoba.jp/ddcat.cgi?fsz=2&k=first_name
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