レイクのサイトです。
ワクワク 好み 後ほど 税込 おいし オムレツ まだまだ 心地 お願い 露天風呂 購読 サロン 銀行 法規 詳細 全て ファイナンス 通り キッチン 土曜 小さな 事典 地域 門前 実感 最新 とても 新規 目安 これから

アタックとは?/ レイク

[ 633] パネルクイズ アタック25 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%BA_%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%83%E3%82%AF25

テレビ朝日系列24局での放送となっている。系列外の富山テレビ(フジテレビ系列)でも放送中(本放送から20日遅れ)。なお、BS朝日では放送されていない。
年末年始と12月第1日曜日の福岡国際マラソン、ならびに全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が放送日に当たる場合を除いて特番による休止がほとんどないが、全日本大学駅伝(14:20 - 14:50に変更)や東京国際女子マラソン(15:30 - 16:00に変更)などのロードレース放送時は、放送時間が変更されたりしている。また、地方局で高校野球などの放送時は、放送時間が夕方に変更されたり、日曜日に放送できなかった分などは次の土曜日などで振り替え放送される。但し、2007年7月29日の回でABCだけは高校野球大阪府大会準決勝の放送の都合で当日の12時30分からに前倒して放送を行った。
この番組の生みの親である堤章三はMBS『アップダウンクイズ』の生みの親でもあり、構成を長く務めていた。放送開始から18年にわたり構成を務め、現在は監修。1993年より上方演芸放送作家の高見孔二が構成を担当。
初代プロデューサーは三上泰生(当時、朝日放送テレビ第二制作部長)。番組送信などの技術畑出身で、『ワイドショー・プラスα』や『ワイドサタデー』、『新婚さんいらっしゃい!』などの番組プロデューサーを務める傍ら、「残響2秒 ザ・シンフォニーホール誕生」と「6chは上方文化や」(いずれも大阪書籍)という著書を残す。
音楽は山下毅雄によるもの(代表作にテレビ朝日『クイズタイムショック』や『霊感ヤマカン第六感』など)。この番組のテーマ曲と海外旅行アタック・フィルムクイズ出題中に流れる曲(フライト・トゥ・パリ)は発売されたCDに収録されている。また、オープニングテーマ曲の「アタック!」の声と「口笛」の音は、山下本人のものである。なお、シンキングタイムの音楽、トップ賞のファンファーレ(ごく一部のみ)以外は開始当初から全く変わっていない。
近年、クイズ番組を含むバラエティ番組やニュース番組では字幕テロップが多用されているが、この番組とその前の枠の番組『新婚さんいらっしゃい!』では答えのテロップを出す程度でほとんど用いられていない(代わりに字幕放送でその喋った内容を確認できる)。
不正解時の起立を3問から2問にしたこと、「オープニングクイズ」での不正解時の起立を廃止したことを除き、基本的なルールはほとんど変わっていない(ルールは下記参照のこと)。
出題される早押し問題に正解すると、パネルを1つ指定し、そこを自分の色にすることができる。誤答・お手つきの場合(児玉が自らブザーを押した後、しおれた感じのBGMが流れる)はその場で起立(いわゆる「お立ち」)し、(オープニングクイズのみお手つきはない)次の2問の解答権を失う(児玉が「2問の間御辛抱」や「あと1問御辛抱」と言う)。
自分の色のパネルで他人の色のパネルを縦・横・斜めのいずれかの方向で挟むと、挟まれたパネルが自分の色のパネルに変わる。挟まれた間に複数の回答者の色が混在する場合も、そのまま正解者が挟んだ色へと変わる。
残りパネルが5枚となるとアタックチャンスの問題を出題し、正解すると既に埋まっているパネルの1枚を無効にできる。
全てのパネルが埋まった時点(もしくはウェストミンスターの鐘(いわゆる「学校チャイムの音」(キンコンカンコン)が鳴った時点)で優勝者を決定(すなわち、トップ賞)、海外旅行をかけたフィルムクイズに挑戦する。
この番組は、単にクイズの正解数を競うことではなく、最終的に獲得したパネルの枚数を競うことが目的である為、パネルの取り方には戦略性が求められる。後述するが「第2問以降の取るべきパネルの優先順位」に関するルール上、第2問をあえて解答せず2枚目のパネルを他人に取らせた方が、かえって有利になる事などが指摘されている。
時には、13→7→1の様に、3問連続正解で角を狙う出場者が現れるが、多くの場合3問目で他の解答者に阻止される。この場合は3問目の正解者が挟まれる恐れがない角のパネルを獲得する事になり、リスクも大きい。13→8→3の様に端のパネルを狙う場合も同様である。
また、いくら正解を重ねても角を取れない事態に陥ることもあるなど、一見「正解してパネルを取る」単純明快なゲームだが、ルール上「四隅を先に確保する」戦術が使えないため、シンプルさの中に複雑な駆け引きが繰り広げられる。
まず、第1問の正解者は、中央13番のパネルを獲得する(13番に固定されていなかった時期もある。この時はアトランダムに光るパネルを解答ボタンで押して止めていた)。
自分の色で他の色を縦・横・斜めのいずれかの方向に挟める場合、必ず挟むようにパネルを指定する。挟んだパネルは全て自分の色に変わる。
(白が正解の場合、黄色の枠で囲まれたパネルを指定できる。角の25番は指定できない。この場合では10番のパネルを指定し、14番の青が白に変わる。)
(緑が正解の場合、黄色の枠で囲まれたパネルが指定できる。この場合では角の5番を指定できる。次に正解すれば3番に入れることで4番の赤を挟むことが可能だからである。)
残りのパネルが5枚になったところで『アタックチャンス』の問題となる(ただし児玉は、残りが7枚位になってくると「まもなくアタックチャンスに入る可能性あり。お立ちにならないでいきましょう」などと言う)。
この問題で正解した解答者は、通常のパネル獲得の他に、大量得点の可能性や今後の展開に有利なパネルを1枚だけ「黄色」にして無効にする(消す)ことが出来る。解答者なし、お手つきや誤答の場合は、正解者が出るまで続ける(放送開始から半年後に採用。当初はスルー、誤答の場合はアタックチャンス消滅)。なお、児玉の「アタックチャンス」コールもチャンス中は正解者が出るまでコールする(児玉はこの黄色のパネルを「アタックチャンスの狙い目」と呼んでいる)。
黄色のパネルは誰も取っていないパネルと同じ扱い。他人が取ったパネルはもちろん、自分が取ったパネルでも指定できるが、消すと逆に不利になったり、他の解答者にチャンスが出てきてしまうような場合でも、どれか1枚を指定しなければならない。但し過去にアタックチャンス時にパーフェクト状態であった解答者に対して、アタックチャンスの狙い目指定の放棄を認めた例がある。その解答者はその後パーフェクトを達成した。
だいたいの回は角のパネルが指定されるが、配置によっては端のパネルが狙い目に指定されることもある。一般に、13番に狙い目を指定することはめったにないが、1987年7月5日と1994年2月27日には狙い目に13番が指定されるという珍事が起きた。
アタックチャンスの時点でトップ独走状態にある解答者が正解した場合は、大量のパネルを追加獲得する必要性が小さい。このため、他の解答者にとって以後の展開が有利にならないパネルをアタックチャンスの狙い目に指定して、守りに回ることがある。
児玉が「アタックチャンス後の問題が大事です」と度々述べるように、解答者全員は、その後の問題に正解し狙い目となったパネルを獲得することがさらに重要である。前述のように、パネルが空くことで他の解答者にもチャンスが生まれるからである。
1996年6月以前はアタックチャンス問題の合図となる鐘(チャイム)を鳴らしたあと、児玉が「それではここでこちら(コマーシャル)をご覧下さい」と言ってCMに入り、その後「アタックチャンス」のタイトル文字とアタック音が流れる趣向だったが、同年7月以降はCMに入る前に児玉が「(大事な大事な)アタックチャンス!!」とコールしてから、一旦CM(2005年〜2006年に同点決勝の場合はCMなし。この時は、同点決勝の前にCMが入っていた)を入れて、再開後再び「アタックチャンス!!」のところから再生する。このコールの際、児玉が右手の握りこぶしを微妙に上下させるポーズもまた番組恒例となっている。なお、一時期は解答権を得た出場者が解答する直前まで放送、CMに入って「アタックチャンス!!」から再生していたこともある。
1996年7月以前のアタックチャンスのアタック音は、優勝者に対するフィルムクイズに不正解だった時の音の出だしの部分を加工して使用していた。
シンキングタイムはおよそ10秒。シンキングタイム用のBGMが流れ、流れ終わっても(時間切れ寸前であっても)、解答ボタンが押された場合は解答する事ができる。但し、画面を見て答える問題と音楽の問題では出題自体がシンキングタイムであるためBGMが流れない(児玉自らが押すブザーが鳴った時点で出題は終了)。
お手つき・誤答は児玉自らが押すブザーが鳴り、続く2問の解答権を失う。ブザーが鳴ると解答権を失うため、正解が出ても不正解である(これは他の解答者も押されていることを考慮して即答をしなければならないため)が、第1問目のオープニングクイズにはペナルティがないので、同じ解答者が何回も続けて間違えることもある。
ブザーが鳴ると解答席の横にあるランプが2つ点灯し、解答権がない間は起立していなければならない。起立することから、児玉は解答権のない状態を「お立ち」と呼んでいる。2問以上連続して誤答が出ると、次の問題の解答権は2人しか与えられない。
ブザーの後は不正解の(立たなければならない)BGMを流す。但し、音楽の問題や画面を見て当てる問題ではすぐ正解確認に入るため流れないが、もちろん起立しなければならない。なお、正解の場合のチャイムやBGMはなく、児玉が「正解!」(現在は「正解!」と言う場合が圧倒的に多いものの、たまに「結構!」「その通り!」と言う場合もある)などと言うことでそれに替えている。
解答権のない間、他の解答者が答えない場合は、そのままランプは1つ消える。従って場合によってはパネルが1枚も埋まることなく解答権が復活することもある。このとき、児玉が「1問得されました」あるいは「1問助かりました」と言う事もある。
妊娠している人などは体調の負担を考慮して座ったままで休む形となる例外もあるが(2006年9月3日に放送された芸能人大会において出産直前だったジャガー横田がその例外の1人になった。ペアでの大会だったため、不正解の際はペアを組んでいた夫の木下博勝のみ「お立ち」とした。)、当然座ったまま休むことができても解答権は2問分失う。
全てのパネルが埋まるか、用意された問題が全て消化された時点(実質的にはお立ちが非常に多く、VTRの編集が放送時間内に収まらず時間切れという形)でウェストミンスターの鐘が鳴ってゲーム終了。
出場者は参加賞と獲得パネルの枚数に応じた賞金(1枚につき1万円)を獲得し、獲得パネルの最も多い人が優勝(すなわち、トップ賞)。万が一枚数が同点の場合には同点決勝(プレーオフ)を行って優勝者を決定、海外旅行を賭けたクイズに挑戦する。
優勝者を発表する時、児玉が「○(色)の○○さんが○枚のパネルをお取りになりまして、充実のパリ・スペイン9日間の旅、挑戦権獲得!!おめでとうございます!!」と絶叫し、ファンファーレが流れる。画面には「パリ・スペインの旅、挑戦権獲得」の字幕スーパーが写し出される。その後、児玉がトップ賞の賞品を紹介し、沢木が参加賞の紹介をする。
鐘が鳴るのはだいたい年に1〜2回程度だが(2002年度は1回も鐘が鳴らなかった)、かつて1995年9月には1ヶ月の間に2回(第1031回・第1033回)もウェストミンスターの鐘が鳴ってパネルが全て埋まらず、ゲーム終了ということもあった。ただし、芸能人大会やチャンピオン大会など特別な大会では時間切れなしで全てのパネルが埋まるまで勝負は続けられるが、その際、途中カットされる部分はダイジェスト形式で編集した上で放送する。特別な例として、1995年5月28日放送の回で、誤答の「お立ち」が非常に多かったため、逆に全てのパネルが埋まるまで続けたこともある。1995年10月1日放送分から不正解による起立を3問から2問に短縮したのは、1995年9月の出来事の影響が大きく、ウェストミンスターの鐘が鳴る確率を低下させて攻撃性を増すためである(1995年10月1日放送分で児玉がコメント)。
また、賞金とは別に出演料的なものとして5000円が支払われる(ABCまでの交通費が5000円を超えた場合、交通費もまた別に支払われる)。なお、獲得賞金はゲーム終了後児玉が「パネル獲得数と賞金の額を順に申し上げますが…」と言って紹介していた(現在は行っていない)。但し、夏休みに行う児童・生徒ものの大会では「賞金」とはいわずに、「奨学金」(主に生徒)または「図書券」(主に児童)と表現していた。
成績や賞品紹介の後、すぐに優勝者と児玉が簡単な感想を話した後、児玉から「今日はある○○をお当ていただきます。」というようにジャンルが発表され、優勝者が取ったパネルが全部取れた時点で「ある○○、VTR(以前はフィルム)スタート!!」と言ったところで一旦CMに入る。CM明けに旅行の紹介フィルム(VTR)を放送した後、もう一度「ある○○、VTRスタート!!」から再生される。開始当初(単独提供時代)は全ての解答者の成績を述べた後、CMなしでそのまま入っていたが、複数スポンサーになってからは一旦成績発表後CMを挟んでから行っていた時代があった。
フィルム(VTR)映像はトップ賞獲得者が取ったパネルの部分だけしか見ることが出来ない(オンエアでは残った他の色(時間切れで点灯しなかったパネルを含む)のパネルのうちの1枚にトップ賞獲得者の様子が映し出される。パネルがCG化される1995年9月以前はクロマキー合成により残った白および青のパネルの数字部分が透けて映像が見えていたり、格子の形が見えていた。)。映像はいくつかのヒント映像が流れ、映像の最後に、ある人物ならその人の顔写真、ある都市なら航空写真に市章(ただし、日本にある都市の場合のみ)、ある国なら航空写真に国旗が映される。
映像終了後、児玉に「その○○とは?(西暦の場合のみ「さあ、それは西暦何年?」)」と尋ねられ、5秒以内で正解を解答すると(解答時間は電話の時報のようなカウントダウンの音が流れる)、児玉の「正解!」・「結構!」・「その通り!」と大絶叫、ど迫力あるファンファーレが鳴り、1980年代前半から1995年9月までは天井に吊るされていたくす玉が割られて大量の紙吹雪(色は銀のみ。風船は入っていなかった)とフランス国旗を彩った紙テープが降る中(初めてくす玉が割られた時、児玉は相当驚いていた)、番組開始当初から1980年代前半までと1995年10月以降は電飾が光る中で海外旅行獲得(但しこの場合、画面には一切字幕スーパーは映らない)。誤答・無解答はもちろん、言い直しやタイムオーバー後の正解も不正解となる。不正解の場合はしおれた感じのBGM(初代「アタックチャンス」のアタック音をアレンジしたもの)が流れる。一時期、不正解の時、しおれた感じのBGMが流れている最中にブザーが鳴ったこともあった。かつては旅行を獲得できなかった場合、児玉は司会者席に座り番組が終了していた。
児玉が正解内容を確認する時、全部のパネルが取り除かれて全て見られるようになる(児玉が「見にくいパネルもございましたが、パネルを全部抜いて皆さんとご一緒に○○を確認していきたいと思います」と言う)。現在はその際に画面が中央に寄り、周りはトップ賞獲得者の色がバックとして使われる(画面下にはスタッフロールが流れる)。確認の際、児玉は当初、内容の書かれたメモをポケットに入れていたが、現在は「アタック25」のロゴの入った黒いファイルを持っている。
展開によっては大事な部分が他の人のパネルで隠されて全く見えず(特に、画面下の年代などのヒントのテロップなど)、分かっていたのに答えられなかったというケースも少なくない。また、他の3人は分かっていたのに優勝者だけが分からなかったという皮肉なことになってしまったケース、パーフェクトや20枚以上の大量得点を獲得したのに全く分からなかったケース、逆に1桁枚数(7・8・9枚で)での優勝者がわずかに見えた画面から正解を探し当てたケースも少なからずある。問題の難易度は常に一定ではなく、週によってばらつきがあり、サービス問題だと思う回もあれば、難易度が高く誰も答えられそうにないような問題もある。従ってどのような難易度の問題に当たるか、得意・不得意のジャンルに当たるかは運である。なお、児玉はこのクイズを「画(え)当て」と呼ぶ。
エールフランス協賛によるパリ旅行だった時は出題前に「さぁ(トップ賞の解答者名)さん、エールフランスに乗れますでしょうか。パリがあなたを待っております。よろしいでしょうか、ある○○(人物・国・都市・川・島・年号など)、フィルムスタート!!」というコメントとともに出題が始まっていたが、1995年になくなる(「○○行きなるでしょうか、VTRスタート!!」に変更されるが、詳しくは後述)。正解内容を確認した後、児玉が「(解答者名)さん、お見事!! パリにいらしていただきます!!おめでとう!!」とコメントした後、エールフランス機の離陸映像をパネルに映し出して、そのパネルをバックにエールフランスのスチュワーデスより目録(当初は旅行カバン、末期は旅行獲得プレート)と花束が贈呈され、バックミュージックも変更されたが、現在は解答者の前で出題者・沢木から目録代わりの旅行獲得プレートと花束を贈呈されている。
番組開始当初から10年ほどはパネル操作アシスタントもいて、児玉・出題者・アシスタントの3人で番組を進行していた時期もあったが、現在アシスタントはおらず、児玉と出題者の2人で進行している。パネル操作アシスタントは以下の通りである。
番組開始当初から、児玉は出題者(アシスタント)とともに司会者席に座り、海外旅行クイズの時だけ立って(ハンドマイクを持って)番組を進行したが、1992年10月4日放送分から全編立って進行するようになった(座っている時はスタンドマイク、立っている時はハンドマイクだったが、これらに代わりピンマイクを着装している)。
この番組が誕生する1年前の1974年4月〜1975年3月、同じ児玉が司会をした視聴者参加クイズ番組「東リクイズ・イエス・ノー」という番組が東洋リノリユーム(現:東リ)の一社提供の下、MBS製作でテレビ朝日系列にて放送されたが、1975年3月31日にABCとMBSのネットチェンジ、並びに視聴率の低下などを理由に番組が打ち切られた。ただ、東リ側が自社提供の番組をABCでも継続して制作・放送することを熱望したため、1975年4月にこの番組が誕生。児玉は当初「 - イエス・ノー」の失敗からこの番組を司会することに難色を示したが、東リ側の要請もあって結局はそのまま司会を担当することとなった。よってNET(現・テレビ朝日)など一部の系列局では、制作局が異なるものの児玉司会・東リ提供の番組が継続して放送されたこととなる。(この状況は仮面ライダーがABCとMBSのネットチェンジでTBS系に移ったことによりNETと東映がスーパー戦隊シリーズを放送する事になったのと同時である。)
NET系列単独加盟局所在地域でも、広島県では広島ホームテレビが開局した後もMBS制作「 - イエス・ノー」までは諸事情により系列外の中国放送(TBS系)への時差ネットだった。本番組から系列通り広島ホームテレビへのネットとなった。
番組の企画にあたっては、とあるABCのスタッフが家族にオセロゲームを買ったところ、「このオセロゲームを使ったテレビ番組はどうだろう」と言うのが浮かんだ発端だった。
番組開始当初は、まだ一般家庭の半数は白黒テレビだったため、この企画には社内やスポンサーからも難色が上がったという。プロデューサーは「将来テレビはすべてカラーになる」と説得して回った。
1992年9月まではABC制作枠の15秒番組宣伝枠がABC制作全国ネット番組の中で唯一なかったが、翌10月から放送開始。同時に番組ロゴをそれまで台形をモチーフにしたものから現ロゴに一新した。
テレビ朝日系列フルネット局が今より少なかった時期は、いくつかの他系列の局などで数週遅れで放送していたが、現在、テレビ朝日系列局以外での放送は、富山県の富山テレビ(フジテレビ系列)のみ。なお、福井県では福井テレビで放送されていたが、短期間で打ち切られている。宮崎県ではテレビ宮崎(フジテレビ系列)が当初日曜13:00から放送していたほか、現在日本テレビ系列同時枠の金曜19:00枠で放送していた時期もあったが、編成上の都合で1996年10月に宮崎放送(TBS系列)へ移行したものの、結局打ち切りとなった。
年始初の放送はANN系列のうち4局の女性アナウンサー各2人を解答者に迎えた「新春女性アナウンサー大会」を2003年から行っており、この時に限り旧来の解答者本人が自己紹介をする形をとっている。かつては1992年、1996年に男性アナウンサーを含めた「アナウンサー大会」を実施した経緯がある。なお、ABCのアナウンサーは社則により出場しない。
2007年1月7日の女性アナウンサー大会は山形テレビの熊谷瞳・高橋聡美ペア、長野朝日放送の青池玲奈・平沢幸子ペア、瀬戸内海放送の本庄里恵子・岡薫ペア、大分朝日放送の中嶋美和子(現・フリー)・高嶋和代ペアの各アナウンサーが解答者として出場(瀬戸内海放送の本庄・岡ペアが優勝したが、フィルムクイズは不正解)。
2008年1月6日の女性アナウンサー大会は北海道テレビの佐藤麻美・大野恵ペア、テレビ朝日の下平さやか・松尾由美子ペア、メ〜テレの村瀬寛美・鈴木しおりペア、九州朝日放送の平川尚子・柴田恵理ペアの各アナウンサーが解答者として出場(メ〜テレでは局内で予選会を開いてまでメンバーを選んだがパネル獲得枚数は0枚に終わった)。テレビ朝日の下平・松尾ペアが15枚で優勝して、フィルムクイズもある都市・岸和田市を正解、海外旅行獲得。松尾アナは2005年に丸川珠代(現・参議院議員)と出場、優勝したものの、フィルムクイズは不正解だったので、今回3年越しに雪辱を果たした。
毎年9月第1週はタレントやお笑い芸人の2人1組、計4組が解答者として出場する「芸能人大会」が行われる。なお、上記の「アナウンサー大会」同様、出題場面が途中でダイジェストの扱いとして放送されることがある。
2006年9月3日の芸能人大会にて司会の児玉の物真似でお馴染みの博多華丸が相方の博多大吉と組んで解答者として出演、児玉と二人でのWアタックチャンスが実現し、出場者及び後方の応援席の方々まで拍手と爆笑が溢れた。また、華丸・大吉は最後の問題を答え、華丸自身で「ラストコール」をした。解答者は林家木久蔵(現・林家木久扇)・三遊亭好楽ペア(元・兄弟弟子)、山口もえ・魚住りえペア(同じ事務所所属)、ジャガー横田・木下博勝夫妻、華丸・大吉。提供クレジットをはさみながらのエンディングでは、解答者全員で「アタックチャンス!!」の掛け声とポーズを唱和した。(この方式は、2007年のチャンピオン大会でも取り入れられた。)また、この日の放送は、普段行われていない番組宣伝まで行われる程の回となり、これ以降、最低1問は、児玉の「その通り!○○!!(○○は、出された問題の答え)」と言っているシーンが映されるようになった。なお、この回では山口もえ・魚住りえペアが優勝したが、フィルムクイズは不正解。ちなみに、華丸・大吉の地元・福岡県(北部九州地区)での視聴率は19.8%(近畿地区12.9%・関東地区11.6%)を記録した。
2007年9月2日には、お笑い芸人大会を開催した。解答者はアンガールズ、カンニング竹山・ダンディ坂野ペア(同じ事務所所属)、ハリセンボン、ブラックマヨネーズ。(アンガールズが優勝したが、フィルムクイズは不正解)
毎年、最終放送となる本番組の放送は前年12月からその年の11月までに優勝した解答者から獲得枚数が多かった上位4人が登場し『年間チャンピオン』を決定する「アタック25 チャンピオン大会」が行われていたが、2004年度からはまず年間の獲得枚数(得点)上位10人を対象とした予選クイズを行い、そこで3点獲得した4人で決勝戦を行うというシステムを取り入れた(ちなみに2問不正解、お手つきで失格・退場となる)。
1989年1月15日に放送された『700回記念大会第1弾』「4強激突!プロ野球大会」ではセ・パ両リーグの2強の選手とファンのタレントが出場、優勝したジャイアンツチーム(後述)がフィルムクイズをおまけの正解(フィルムクイズの本来の正解は大阪球場であるが、通称だった難波球場でおまけの正解)で成功、パリ行きを獲得したが、この際トップ賞となったチームを応援していた観客1人にもパリ旅行がプレゼントされた。
1995年3月に「20周年記念大会」が開催され、まず東日本・西日本別に予選大会が行われてそれぞれ2名が選出。大会本戦では神奈川県の東大生が優勝(賞金50万円を獲得)して、フィルムクイズもある人物=マハティール・ビン・モハマドをマハティールでおまけの正解となり、パリ行きを獲得した。
数年に一度、過去5年以内(またはそれ以上)に出場者で惜しくも海外旅行を逃した人、解答出来ずに終わった人、あるいは正答できてパネルを獲得するも最後は0枚という残念な結果に終わった人たちのためのいわばリベンジ大会である「夢をもう一度大会」がある。優勝出来なくとも、獲得パネル1枚だけで喜ぶ人あり、海外旅行獲得リベンジ達成の人ありなど、夢を再び与えるという画期的な企画も持っている。
2004年4月には番組開始30周年(正式には満29年だったため、30年目突入)記念大会と銘打って、特別に過去5年以内の出場者も参加できるようにして、3週間に渡る「史上最強のクイズ王決定戦」を開催した。これは全国を東西に分けてまず予選クイズを行い、勝ち抜いた4人が本戦に進出。それぞれの2位までに入った参加者が、3週目に開いた決勝戦を争うというものだった。ただ、この時の決勝戦で優勝した解答者は、フィルムクイズである人物=大伴家持を正解できず、残念ながら海外旅行獲得を逃した。
この番組のメインスポンサーは以下のように移り変わっており、2000年6月までは番組名にメインスポンサー名が冠されていた。
また、この番組でのジャパネットたかたのTVショッピングは、高田明社長が「今日は、(商品名・機器名)にアタックします!」と言っている。
提供クレジットは、番組開始当初の東洋リノリユーム一社提供時代は、白地に同社のシンボルマークの大写しを使用、その後複数スポンサーになってからは1996年9月29日までブルーバックが使用されていたが、現在はスタジオを挟んでの提供クレジットを使用している。
なお、東リ1社提供時代は優勝者及び出場者には東リ製品が贈られており、東リと小林製薬の2社提供時代は優勝者には東リ製品、出場者には東リ製品と小林製薬の商品の詰め合わせセットが贈られた。
日興證券・日興投信が冠スポンサー時代には出場者には日興證券より記念品、日本リーバよりティモテセット、後に日本ケロッグよりケロッグコーンフレークのセットが贈られた。
東リが冠スポンサー時代には優勝者には東リ製品が贈られ、出場者にはニコニコのりの極セット、後に貝印の関孫六包丁セットが贈られた。
解答において人名の場合は、日本人の場合は姓と名のフルネームでなければならないが、外国人の場合はフルネームでなくてもよく、判別できる程度でよい(これは予選でも適用される)。但し、フィルムクイズは外国人もフルネームで答えなければならないことがある。そのため、苗字または名前しか答えられず、結局不正解になってしまったこともある。
クイズ王によるクイズ荒しを防ぐ為、一度本選に出場すると、5年間は本選に出場することができない(ただし、「グランドチャンピオン大会」などの特別企画で特例として5年以内でも出場できることがある)。その5年間の沈黙を経て再び出場する者も多い。
予選は基本的にANN系列局の放送エリアごとに(関東地区予選はテレビ朝日ではなくABC東京支社、ANN系列局がない富山県は富山テレビ)行われる。そのため、かつては住所を都道府県名から書かなければならなかった。
予選は専用の用紙に氏名などの他に自己アピールを記入することから始まる。予選問題は全30問(制限時間8分)の筆記形式で、いわゆる「クイズによく出る問題」と時事問題がバランスよく出題される。解答の際、誤字・脱字がある場合は不正解となる。ただし、漢字がわからない場合はその漢字をかなで書いても問題はない。筆記予選が終わると答案用紙が回収され、即採点される。その後は名前を呼ばれた人のみ面接に進めるが、それ以外の人はその場で「お帰り」となる。面接に呼ばれるのは基本的には得点上位者だが、ある程度得点できていれば、面接に呼ばれることもある。この面接に受かれば、予選に合格となる。予選に合格すればすぐ出場というわけではなく、向こう1年間の出場資格が与えられたということになる。実際に出場が決定するのはABCより電話連絡が入った時である。1年待っても連絡がなければ出場資格が消滅する。なお、指定された収録日に都合が悪く、出場を辞退したとしても、合格してから1年以内であれば再びお呼びがかかることもある。なお、出場が決まっていない間なら、出場資格を持っている間にも予選に参加することは可能で、その予選に合格すれば出場期限を延長できる。
1975年の放送開始以来、出場者募集ははがきのみだったが、2004年春頃からはインターネットでも募集されるようになった(現在は携帯電話でも募集している)。また、出場者募集のお知らせは数ヶ月に1回だけ行っていたが、現在は番組中アタックチャンスに入る前のCM明けに告知され(無いときもある。)、1年を通じて行われている。
2006年10月3日、横浜市立大学医学部に通う19歳の少年が優勝したが、予選の筆記試験でカンニングしたことをmixi上のブログで暴露していたことが発覚。2ちゃんねるを中心に騒がれ、一部の新聞などにも掲載された。その後、この少年はカンニングを否定。放送元の朝日放送はこれを不問とした。
1994年頃までは観覧者を一般から募集していたが、現在は出場者の身内・友人とアルバイトしか観覧席に座ることができない。
1992年9月までは観覧者がトップ賞の予想を行い、予想が的中するとプレゼントが贈られた。プレゼントの内容は、番組オリジナルグッズや、東リ製品、サブスポンサーからの賞品などだった。その為支持(応援)する色の観客席に座る人のばらつきが発生していた。観覧者にはそれぞれの色のシートを持たせて、番組序盤で上げていた。このようなトップ賞予想のプレゼントは、フジテレビの「なるほど!ザ・ワールド」「クイズ・ドレミファドン!」でも行われていた。1985年頃には、フィルムクイズの前に各解答者の応援人数をコンピューターで表示していた。
初期の頃は、司会の児玉の呼びかけとともに、番組の冒頭でギャラリー(観客・応援者)が4人の解答者の誰がトップ賞になるかを各々予想し、自分が支持する解答者の後方にある「応援席」へ移動し着席する様が、番組テーマがBGMで流れる中、映し出されていた。なお、この移動に要す時間はかなり長くなるためBGMは延々と流れ「♪パネルバヤ〜 パネルパヤ〜 パネルアタック〜 アタッ!25 アタッ!25」(のちに「♪25〜25〜パネルクイズ25」)のフレーズが印象的であった。なお、トップ賞獲得者を的中させたギャラリーには当時のスポンサーである「東リ」のカーペット製品(カーペットマット)のようなものが賞品として贈呈され、またそのことがアシスタントから「見事パリ行きとなられました(又はトップ賞となられました)○○さんを応援していただいたみなさんには記念品として東リのカーペットマットをお持ち帰りいただきます」と番組内でもアナウンスされていた。なお、現在はこの制度は廃止され、番組冒頭時点から各解答者の後方にはギャラリーがすでに着席している。
1994年4月3日までは本人による自己紹介(解答ボタンを押した後に自己紹介に入るもの)で、翌週4月10日からは出題者のナレーションによる紹介に。1996年10月からは序盤終了後に児玉が紹介し提供クレジットとCMとなった。2005年1月以降、現在はオープニングクイズが終わった後に紹介する形になっている。
以前は「パーソナルクイズ」と呼ばれる解答者それぞれに因んだクイズも出題された。赤から順番に児玉が解答者とインタビュー形式でトークを行い、その後クイズが出題される。クイズは全員に解答権があった。初期には、各解答者の生年月日の朝日新聞に載ったニュースから出題するクイズだった。
この節には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください。
年に数回はあわやパーフェクトかというシーンはあるが、筋違いやパネルの配置上アタックチャンス後1、2問後にはその可能性が消滅することが多く、実際は数年に1人程度しかパーフェクトは出ない。ましてや最後の1枚でパーフェクトの権利を残すこと自体もほぼ年に1回程度である。
この番組は最低7枚で優勝(海外旅行挑戦権獲得)となるが、1989年1月の大学サバイバルでは6枚で優勝となった。これはパネル獲得数トップだった大学が、25人いた解答可能メンバーを全部使い切って失格となったため。ちなみに、この時は旅行挑戦に失敗している。
ここ最近、20枚以上で優勝した挑戦者はなぜか海外旅行をかけたフィルムクイズと相性が悪く、2005年6月19日放送分の成功を最後に13人連続で失敗している。
海外旅行は初回からエールフランスで行くパリ(パリの他にニース、カンヌ、ディジョン、あるいはタヒチ)だったが、1995年10月放送分から旅行先はアメリカ合衆国(ニューヨーク・フロリダディズニーワールド)、ドイツ、スイス、ローマ、オーストリア、ミラノと変化。2008年4月からは情熱のスペイン・パリ9日間の旅となっている。
1975年以来、オープニング映像にエールフランスの旅客機が飛び立つ映像が使われていたが、パリ旅行中止とともに消滅した。2007年4月1日放送分で、旅行先がパリ・ミラノに変更されたことに伴って、久々にエールフランスの旅客機が飛んでいる映像が、オープニングクイズで流された(2008年4月からのスペイン・パリ旅行の時にも適応された)。
フランス旅行が中止になったのは、1995年にフランス政府がムルロア環礁で核実験を行ったことに対する抗議とされている。そのため、この出来事以降、1995年9月放送分まで収録した日付のテロップを表示したり、児玉のコメントの1つである「エールフランスに乗れますでしょうか?」を「海外旅行獲得なるでしょうか?」と変更するなどの対応に追われた。このような対応は、2004年頃のTBS『関口宏の東京フレンドパークII』でも行われた(ダーツの景品の1つだったパジェロを発売している三菱自動車工業がリコール隠しを起こしたため、応援団の「パジェロ!パジェロ!」を「車!車!」に変えた。)。
旅行先が何年かに一度は変わるため、紹介するVTRもその際に変わる。そのVTRには数秒だが児玉と沢木の姿が映る。
旅行先が変更される際の1か月間は、通常のオープニングクイズが、旅行先にまつわる問題に変更される。また、これが実施されると、通常の映像(ビジュアル)クイズ(2008年1月6日以降の問題の流れは、アナグラムの問題(芸能人の名前の文字を並べ替えて出題し、元になっている芸能人の名前を当てる)→駅弁クイズ(各地の駅弁の写真を出し、どこの都道府県のものかを当てる)→漢字クイズ(2008年4月からの内容は、出されるヒントから共通する部首を当てる))と音楽の問題で、合計4問が途中、読み上げ問題の間に挟まれるが、これらのクイズが1〜2問分削減される。
番組初期の頃は、25枚のパネルの左右両サイドに上向きの矢印(当時の東洋リノリユームのロゴ)を図示した10個のランプが縦並びにあり、シンキングタイム(10秒)には、シンキングのBGMとともにそのランプが下から1つずつ順に点灯していき、解答時間切れを表していた。
現在、地上デジタル放送でこの番組を見ると、画面右端の空きエリアの部分に現在の4人取得パネル数が常時表示されている。
オープニングの挨拶は番組開始から数年間は「さぁ、25枚のパネルにアタックしましょう!パリです」と言った後、その季節ごとのパリ・フランスの風景を描写した紹介の後、「東リパネルクイズアタック25、司会の児玉清です」「問題を差し上げます〇〇(出題者)です」「アシスタントの〇〇です」「どうぞ、よろしくお願いします」だったが、現在は「こんにちは、パネルクイズアタック25、児玉清です」「問題を差し上げます沢木美佳子です。今週もパリ・スペイン9日間の旅を目指して頑張って下さい」の挨拶である。
あと、海外旅行アタッククイズの時と、かつてのエンディングで児玉が常に「パリがあなたを待っています!!」と言ってた。
また、番組開始当初のオープニングでは、エールフランスの飛行機が離陸するシーンから、25枚のパネルを使って番組タイトル、そして解答者の写真や各色を矢継ぎ早に変えていき、最後に「25」の赤文字が浮かび上がるというパネルの演出をバックにスタッフロールを流していた。併せて、山下作曲のテーマソングもフルコーラス流れていた。
1983年11月1日に『アタック25』の書名で、大泉書店より発行された。大きさは新書判で、全1250問・219ページで構成されている。8〜9ページの目次に「パリ挑戦者(向かって左)を激励する児玉清さん」という写真があるが、このときのトップ賞とパリ旅行挑戦権を獲得したのは、滋賀県の大学生・早川浩一だった(彼は獲得パネル数10枚、フィルムクイズである人物・「ガンジー」を見事正解してパリ旅行を獲得。長寿クイズ番組で1冊しかクイズ本が発行されていない中で、唯一掲載された挑戦者である)。
当然ながら現在は絶版で古書店でも探すのが難しく、ネットオークションでは当時の定価(650円)の数倍から十数倍もの高値で落札となるケースが多い。
PS版: ゲーム内容はオープニングからエンディングのフィルムクイズに至るまで実際の番組(発売当時)の流れを完全に踏襲しており、司会の児玉も実写ムービーで登場するなど、番組の雰囲気の再現性は非常に高い。クイズゲームとしても、問題数の多さに加え、一度出題された問題はセーブデータに記録されて出題の優先度が下がるなど、独自の仕様により高い評価を得ている。他にもクイズだけで楽しむモードや、逆にクイズなしでスロットマシンを使ったモードが楽しめる。また、「勝ち抜きアタック」モードで優勝し、フィルムクイズを正解すると、「ニューヨークの様々な光景」がテーマの映像が流れ、そのあとに「勝利の言葉」が表示される。この言葉、応募券とともに自身のプロフィールなどを郵送すると、先着500名にオリジナルグッズが貰えた。
PC版: PS版では予選がなかったのに対し、こちらは応募ハガキの記入から始まり、予選の筆記試験、面接を合格できれば番組出場と、実際の番組参加手順を更に忠実に再現している。
PS2版: PC版と同じく応募ハガキの記入からスタート。まれに、予選会の通知ではなく「近所のスーパーの特売」といったものが届き、その時点でゲームオーバーになることがある。予選もある程度再現されており、筆記試験、面接が行われる。面接の受け答えによっては、ミニゲームに挑戦することもある。本戦では、1問目はおてつきなし、パネルが規定の数だけ埋まると、「画面を見て答える問題」「音楽を聞いて答える問題」が出題されるなど、本戦の雰囲気を最大限に踏襲している。他にも専用マルチタップで最大4人まで対戦できるパーティモードがある。さらに、ある条件を満たすと、新しいモードが追加される。また、タイトル画面でコントローラー2のR1を押すことでパネルシミュレーター機能が利用できる。なお、海外旅行挑戦権クイズに使われる音楽はオリジナルである。
番組開始当初から司会は児玉清が務めているが、1984年10月14日と10月28日の放送分は児玉の腹膜炎に伴う入院で、板東英二が代役を務めた。このことが1000回記念の時のアタックチャンスの問題にも取り上げられ、その時のVTRも放映された。また番組上で話題になる度に児玉は、板東に対し感謝の意を述べている。
番組初期のオープニングは、テーマソングに合わせて色を切り替えたりクロマキー合成を駆使して解答者などのアップの写真を表示していた。
この企画では博多華丸を迎え、「川崎フロンターレ、大事な大事なアタックチャーンス!!」「青のガンバ大阪さん、もう1試合ご辛抱!」といったフレーズのPRや、当日のスタジアムのフロンターレ応援席(メインスタンドとバックスタンド)で「水色のフロンターレさんお見事!!青のパネルが水色に変わる!!」という合図とともにガンバのチームカラーの青色からフロンターレの水色へと観客が持ったパネルの色が変わる(青色の紙を落とし、その裏に持っていた水色のビニールシートを入場中の選手達に見せる)というパフォーマンスを行った。(参照:フロンターレ公式[1])
なお、博多華丸は福岡市出身で、故郷のJリーグチームであるアビスパ福岡を応援しているが、この年はカテゴリーが違う(アビスパは2部所属)という理由でフロンターレからの依頼を引き受けたことを自らのブログで説明した。
かつてライバル局のMBSが、ちょうど重なる時間帯にローカルのクイズ番組をぶつけていた。特に「クイズGoGoZ」はネット局(HBC・CBC・RKB)で放送されるなど好評だったが、「アタック」に視聴率面で遠く及ばず短期間で終了している。*他系列がこの時間帯(日曜13時台)の広告料金をゴールデンタイムより低く設定しているのに対し、テレビ朝日系列局はゴールデンタイム並みの料金に設定している(つまり最高ランク)。
他局でのパロディーは非常に多いが、ABC自身もたびたびパロディーの題材にしている。「ごきげん!ブランニュ」では、「アタック25やろう!」という企画で、出演者が本物のセットと出題者で普通に1回分のアタック25をやるだけというのがあった(問題は「喜連瓜破」という地名が正しく書いてあるのはどれか答えるなど、関西ローカルに特化したものだった)。2006年夏に放送された「ブラマヨ最強宣言」では、本物のセットと出題者であるにもかかわらず、吉田敬が特定の解答者を勝手に正解にしたり、でたらめな場所のパネルを一度に何枚も取らせるなど、ABC自身がアタック25の権威を傷つけるような内容だった。なお、ブラックマヨネーズは、前述の通り2007年9月の「芸能人大会」に出演した。
最後の海外旅行挑戦権の問題において、日本国内の地名・人名に関する問題が出題される場合は、大体その地域にあるANN系列局が協力している。
おはよう朝日です・おはようコールABC・ムーブ!・ABC NEWSゆう・ワイドABCDE?す・たいむ6・虎バン・ワイドショー・プラスα・ワイドサタデー・わいわいサタデー・サンデープロジェクト(EXと共同制作)・土曜朝のワイドショー・朝だ!生です旅サラダ・土曜の朝に・上沼恵美子のおしゃべりクッキング・金子信雄の楽しい夕食・シャボン玉プレゼント・新婚さんいらっしゃい!・パネルクイズ アタック25・日曜笑劇場・探偵!ナイトスクープ・ナイトinナイト・らくごのご・土曜深夜ドラマ・最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学・たけしの万物創世紀・笑いの金メダル・運命のダダダダーン!(Z)・驚きももの木20世紀(放送リスト・視聴率)・人気者でいこう!・にっぽん菜発見 そうだ、自然に帰ろう・世界一周双六ゲーム・三枝の国盗りゲーム・霊感ヤマカン第六感・ラブアタック!・プロポーズ大作戦・ただいま恋愛中・夫婦善哉・てなもんや三度笠・スチャラカ社員・やりくりアパート・金曜9時枠ドラマ(2006年よりEXと共同制作)・ザ・ハングマン・赤かぶ検事奮戦記・新・赤かぶ検事奮戦記(土曜ワイド劇場)・キソウの女(土曜ワイド劇場)・炎の警備隊長・五十嵐杜夫(土曜ワイド劇場)・はみだし弁護士・巽志郎(土曜ワイド劇場)・混浴露天風呂連続殺人(土曜ワイド劇場)・京都妖怪地図(土曜ワイド劇場)・京都殺人案内(土曜ワイド劇場)・必殺シリーズ・お荷物小荷物(沖縄編・カムイ編)・部長刑事・日曜8時半枠アニメ(ライバル作品)・Yes! プリキュア5 GoGo!(プリキュアシリーズ)・おジャ魔女どれみ・みつばちマーヤの冒険・はじめ人間ギャートルズ・ど根性ガエル・海のトリトン・ふしぎなメルモ・好き!すき!!魔女先生・子供アニメ大会・M-1グランプリ・ABCお笑い新人グランプリ・大改造!!劇的ビフォーアフター・熱闘甲子園(EXと共同制作)
宇野ひろみのおはようパートナー・おはようパーソナリティ道上洋三です・全力投球!!妹尾和夫です・ABCパワフルアフタヌーン・元気イチバン!!芦沢誠です・ABCフレッシュアップベースボール・歌謡大全集・ABCミュージックパラダイス・もうすぐ夜明けABC・誠のサイキック青年団・おはようパーソナリティ中村鋭一です・フレッシュ9時半!キダ・タローです・ポップ対歌謡曲・ABCヤングリクエスト・漫才教室・蝶々・雄二の夫婦善哉・漫才学校
朝日新聞社・日刊スポーツ新聞社・三菱UFJフィナンシャルグループ・阪急阪神東宝グループ(阪神電鉄、阪神百貨店、阪神タイガース、東宝など)・住友グループ(住友商事、NECなど)・りそなホールディングス(りそな銀行、近畿大阪銀行など)・近畿日本鉄道・近鉄バス・大阪ガス・関西電力・日本生命保険・高島屋・東洋紡・京阪電気鉄道・南海電気鉄道・吉本興業・松竹・東映・松竹芸能・帝京大学
原清・柴田俊治・玉井孝・中村鋭一・植草貞夫・乾浩明・道上洋三・乾龍介・林伸一郎・西野義和・中原秀一郎・武周雄・高野直子・三代澤康司・伊藤史隆・芦沢誠・堀江政生・浦川泰幸・宮根誠司・関根友実・山本モナ・赤江珠緒・澤田隆治・山内久司・槇洋介・松本明・奥田哲雄・小関道幸・岡野均・谷村政樹・松本修・岩田潤・藤田和弥・岩城正良・井口毅・内片輝・板井昭浩・矢澤克之・口井雅弘・近藤真広・香川登枝緒・佐々木守・和久峻三・園山俊二・吉沢やすみ・手塚治虫・石森章太郎・中田ダイマル・ラケット・森光子・ミヤコ蝶々・南都雄二・藤山寛美・大村崑・芦屋雁之助・藤田まこと・白木みのる・財津一郎・中山千夏・高岡建治・笑福亭仁鶴・月亭可朝・桂三枝・横山やすし・西川きよし・児玉清・フランキー堺・上沼恵美子・金子信雄・上岡龍太郎・横山ノック・和田アキ子・島田紳助・やしきたかじん・円広志・西浦達雄・西田敏行・桂小枝・北野誠・松村邦洋・百田尚樹・トミーズ・赤井英和・桂ざこば・月亭八方・笑福亭鶴瓶・竹内義和・藤原紀香・キダ・タロー・大桃美代子・東ちづる・ホンジャマカ(石塚英彦・恵俊彰)・原田知世・勝谷誠彦・大谷昭宏・宮崎哲弥・山本健治・桜井一枝・江美早苗・梓みちよ・ジョーン・シェパード・片平なぎさ・岡本夏生・渡辺美奈代・山瀬まみ・沢木美佳子・相馬宏美・豊島美雪・相沢純子・中村京子・あかはゆき・山下毅雄・神田正輝・池上季実子・ガッツ石松・向井亜紀・田中義剛・竹内都子・ラッシャー板前・草野仁・ビートたけし・三宅裕司・麻木久仁子・所ジョージ・木梨憲武・浜田雅功・平尾昌晃・緒形拳・林隆三・河原崎長一郎・浜田光夫・渡辺篤史・佐々木剛・山村聰・中村玉緒・秋野太作・野川由美子・京マチ子・和泉雅子・山崎努・沖雅也・白木万理・菅井きん・中村敦夫・ジュディ・オング・石坂浩二・近藤洋介・三島ゆり子・西崎みどり・近藤正臣・火野正平・草笛光子・中尾ミエ・新克利・大出俊・森田健作・鮎川いずみ・市原悦子・名高達郎・遠藤太津朗・三田村邦彦・春川ますみ・黒沢年雄・高橋悦史・中条きよし・山内としお・樹木希林・ひかる一平・古谷一行・木の実ナナ・中村雅俊・高峰三枝子・萬田久子・佐藤浩市・京本政樹・村上弘明・三浦友和・滝田栄・橋爪功・藤田弓子・小林稔侍・高島礼子・山田五十鈴・花井悠・村山実・吉田義男・稲尾和久・福本豊・真弓明信・有田修三・湯舟敏郎

 

戻る

レイクのサイトです。

レイクのサイトです。